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札幌高等裁判所 昭和41年(ネ)96号 判決 1969年2月19日

控訴人 国

訴訟代理人 斎藤祐三 外一名

被控訴人 藤井正二 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの訴をいずれも却下する(第一次申立)。被控訴人らの請求をいずれも棄却する(第二次申立)。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の提出、認否、援用は次に附加するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は次のとおり陳述した。

供託法が供託官の処分に不服審査請求の途を開いていることからみれば、供託官のなした供託金払渡拒否行為は、払渡却下処分という行政処分であることを疑う余地はない。そうすれば供託者が訴訟手続、行政手続によると否とを問わず供託物取戻請求をなすには、右却下処分の取消を得た後でなければならず、却下処分の取消には処分をした供託官を相手方とすべく、国を相手方とすべきものでないから、本訴は被告適格を欠く不適法なものであり却下を免れない。

被控訴代理人は供託官の本件却下行為は行政処分ではないから、行政訴訟を提起すべき理由はなく、本件給付請求訴訟は適法であると陳述した。

(立証省略)

理由

(本案前の主張に対する判断)

控訴人は、供託者が供託官の払渡却下処分に不服があれば供託法所定の審査請求をするか、或いは供託官を被告として取戻請求却下処分の取消訴訟(行政訴訟)を提起すべきであり、国を被告とすべきものではないから、通常の民事訴訟たる本訴は不適法として却下されるべきである旨主張する。

供託官の供託金取戻請求却下の行為に不服ある者は、供託法第一条ノ三以下の規定に基づき審査請求の申立をなし得ることはいうをまたないが、後に判示するとおり右却下行為は行政事件訴訟法にいう行政処分には当らないと解すべきであるから、裁判所に対し右却下行為の救済を求めるためには、必ずしも行政訴訟(ただし右訴訟においては、その被告適格を有するものは控訴人主張のとおり行政事件訴訟法第一一条により行政処分をした供託官である。)を提起して、その取消を求めなければならないものではない。控訴人は供託法第一条ノ三以下の審査請求制度の存することを根拠として、本件の却下行為が行政処分であることを主張するけれども、その然らざる所以も後に説示するとおりであり、控訴人の本案前の主張は採用することができない。

(本案における判断)

成立に争のない甲第一ないし第七号証の各記載および弁論の全趣旨によれば、左記1、3の各事実が認められ、また左記2、4の各事実は当事者間に争がない。

1  被控訴人藤井正二は昭和二三年一〇月六日訴外豊田光義から旭川市三条通八丁目右六号所在の家屋番号第八番の二の建物を代金二一〇、〇〇〇円で買い受け、うち金六三、〇〇〇円を即日支払い、また被控訴人安類喜重は同日前記訴外豊田より右同所所在の家屋番号八番の三の建物を代金一一〇、〇〇〇円で買い受け、うち金三三、〇〇〇円を即日支払つたが、その後右豊田は被控訴人らが残代金の支払いを遅滞したことを理由に右各売買契約を解除したとして、残代金の受領を拒否するに至つたので、右解除を無効であると主張する被控訴人らとの間に紛争を惹起するに至つた。

2  そこで被控訴人両名は昭和二三年一二月一六日前記売買代金債務の履行地である旭川地方法務局に対し、民法第四九四条を根拠法条として訴外豊田のため、各残代金(藤井は金一四七、〇〇〇円、安類は金七七、〇〇〇円)を供託した。

3  被控訴人両名と訴外豊田との間の右粉争は、その後順次調停、訴訟にもちこまれ、長期間に亘つて続いたが、右対立当事者間の建物所有権確認本訴、前記売買契約存続確認反訴各請求控訴事件が札幌高等裁判所に係属中これが調停に付された結果、被控訴人安類と右豊田との間では昭和三六年一月二四日(旭川簡易裁判所昭和三五年(ノ)第二四一号)、被控訴人藤井と右豊田との間では昭和三九年六月一二日(札幌高等裁判所昭和三八年(ノ)第三号)それぞれ調停が成立し、いずれも前記供託金は被控訴人らが供託所から取戻すことに合意し、前記紛争は結着するに至つた。

4  そこで被控訴人藤井は昭和三九年九月二二日旭川地方法務局供託官に対し前記供託金一四七、〇〇〇円およびこれに対する利息の取戻請求をしたところ、同供託官は同年一〇月一日右請求を却下し、また被控訴人安類は昭和三九年一〇月一五日同供託官に対し前記金七七、〇〇〇円およびこれに対する利息の取戻請求をしたところ、同供託官は即日右請求を却下した。右却下の理由はいずれも各供託の時より一〇年の消滅時効により右各取戻請求権が消滅したことによるものである。

ところで、控訴人は前記供託金取戻請求却下の行為は供託官がなした供託法上の行政処分であり、行政処分に公定力が認められる以上、被控訴人らは前記却下処分の取消を得た後でなければ具体的な払渡請求権を行使することはできない旨を主張するからこの点について判断する。なお本件は弁済供託に関する事案であるから当裁判所の判断も弁済供託に限定して判断することとする。

弁済供託の場合に、供託所を利用する関係においては官営公共物利用の面で公法関係を生じ、弁済のために受寄者たる供託所に金銭その他の物品を寄託する関係においては私法上の寄託関係を生ずるものであるが、金銭等の供託関係が基本的には私法によつて規律されるべき性質のものと解すべきであることは、原判決の説示するとおりであるから、原判決一〇枚目裏一一行より一四枚目裏一〇行目「証左というべきである」までを引用する。

なお付言すれば、本件の供託金払渡請求却下の行為は払渡請求権の時効消滅を理由とする払渡拒否であるから、官営公共営造物たる供託所の利用関係の拒否行為ではなくて、寄託契約上の受寄物返還拒絶と解すべきである。従つて本件却下は公法関係の紛争ではなくて、私法関係の紛争であるといわなければならない。そして本件事案が私法関係の面における受寄物返還拒絶に関するものである以上、被控訴人は行政訴訟を提起すべきものではないと解するのが相当である。(供託を弁済供託をも含めて公法関係に属するものとみる見解がある。その理由は、供託は国が設けた金品保管の制度であつて供託の原因もすべて決定されており、また供託官は供託が適法であれば供託を受理しなければならず、契約自由の原則は適用されないからであると説く。しかし右は供託が官営公共営造物利用制度たる側面に着眼した観察であつて、供託の本質を看過しているものというべきであるから左袒し難い。)

さらに付説すれば行政処分にはいわゆる法律的行為たる行政処分と事実行為たる行政処分とに分れるが、本件紛争は供託官の払渡請求拒否の行為であり、官営公共営造物利用拒否の問題ではないから、かりに法律的行為たる行政処分に該当するものとして考えてみるに、かかる行政処分は行政庁が公権力の行使として国民の権利関係を形成しまたはその範囲を確定する効力を有するものでなければならないのであるが、これを本件のような供託金取戻請求の場合についていえば、行政庁たる供託官の行為によつて取戻請求権が発生または消滅する(形成)関係を生ずる場合であることを要するのである。いいかえれば供託官の処分の介在により初めて取戻請求権が発生し、もしくは消滅することを要するのである。然るに取戻請求権は民法第四九六条の規定により供託者が供託することにより発生する権利であつて供託官の取戻請求を拒否する行為によつてこの権利を消滅させることはできない。即ち取戻請求権は、その拒否処分によりなんらの消長を来さないのである。供託法(および供託規則)においては、供託官は供託事務を処理するにあたり自由裁量権を有せず、全く法規に覊束されているのであつて、供託官をして国民の権利関係を形成しもしくはその範囲を確認することを認めた規定は存しないのである。

また行政処分は、一般にそれ自体実現すべき公益目約を内包しているのであるが、供託官の処分は国民の私法関係における秩序維持のために行われるのであつて、右のようなそれ自体実現しなければならない公益目的のために行われるのではないから、行政処分のはんちゆうに入れられるべきものではないと解するのが相当である。

供託官は供託手続において実質的審査権を有しないのであるが、供託官のなす形式的審査による行為については、これを不当とする者のために供託法第一条ノ三以下において審査請求の制度が設けられている。しかしこれは行政処分にあたらない行政庁の行為についても、その過誤の簡便、迅速な救済手段として法律が与えた是正手段であるから、これをもつて本件の拒否行為が行政処分たることの根拠として理解すべきではない。殊に供託法第一条ノ七の規定は行政不服審査法第一四条所定の審査請求期間の適用を排除しているから、供託官の行為に不服ある者は、いつでも審査請求をなし得るのであるが、これは供託官の行為について行政処分の特性たる公定力、拘束力のないことを供託法が裏付けているものと解することができる。

要するに取戻請求の拒否処分は公定力がないから行政処分ではなく単なる払渡の拒絶にすぎないと解するを相当とし、被控訴人は供託官の本件供託金についてなした「取戻請求却下処分」取消の行政訴訟を提起しなくても直ちに供託所の管理主体たる控訴人国に対して本件供託金取戻請求の民事訴訟を提起することを得るのであるから、控訴人の右主張は理由がない。

次に控訴人は供託金取戻請求権は民法第一六六条により供託の時から一〇年の時効によつて消滅すべきものである旨を主張するからこの点について判断する。

当裁判所は、弁済供託における供託金取戻請求権(還付請求権も同じ)の消滅時効の起算点は、控訴人主張の如き供託の時ではなく、供託の原因となつた債務について紛争の解決、時効の完成等により不存在が確定し、供託者が民法第四九四条所定の免責の効果を受ける必要が全く消滅した時であり、またその時効期間は民法第一六七条の規定による一〇年であるというべきであつて、これを本件についていえば、前記各調停の成立した時即ち被控訴人安類については昭和三六年一月二四日から、被控訴人藤井については昭和三九年六月一二日からそれぞれ進行を開始したものというべく、被控訴人藤井が昭和三九年九月二二日、被控訴人安類が同年一〇月一五日にその還付請求をした時点においては、未だ時効完成に至らなかつたものと解するを相当とする。その理由は以下に附加するほか、原判決理由(原判決の一七枚目裏二行目から二五枚目表末行まで)と同一であるからこれを引用する。

時効に関する会計法第三〇条の規定は、供託原因が公法関係に属し、且つ同条の規定するように、時効に関し他の法律に規定がない場合に限り適用せらるべきものであつて、本件のごとく供託原因が私法関係に属するものについては民法第一六六条の規定に従うべきであり、会計法第三〇条が適用せらるべきものではないと解するを相当とする。

さすれば原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 野本泰 辻三雄 三宅弘人)

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